阪急3100系

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'74-4-3 十三
3160 他7連

'75-5-25 十三
3111 他7連

'70-11-8 十三
3109 他7連

'75-12-11 十三
3160 他7連

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'72-3-18 庄内
3152 他7連

'72-3-18 蛍池
3150 他7連

'74-5-29 石橋
3107 他7連

'71-5-1 池田
3111 他7連

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'71-5-1 川西能勢口
3107 他7連

'71-5-1 山本
3109 他7連

'73-5-23 売布神社
3111 他7連

'73-5-23 売布神社
3103 他7連




'73-5-23 売布神社 3101 他7連

(3000系は下記アルバムをご覧下さい)
"阪急3000系"


 
 3100系は、神戸線用3000系と同じく'64年に宝塚線用として
 導入された昇圧即応車であり、2100系と共に高度成長期の
 宝塚線の輸送力増強に寄与した。
 比較的低速な路線である宝塚線での運用を考慮して、3000
 系に対して主電動機容量を下げてギヤ比を大きくとっただけの
 設計とし、車体も含めその他の構成は3000系と同一であった。

 '69年の宝塚線1500V昇圧後はM車2両を直列接続する所謂
 "おしどり方式"にて運転されていたが、'70年代後半辺りから
 冷房化改造と同時にMM'8個モータ一括制御に改造された。

 '80年代末期からは箕面線や伊丹線等での支線運用が開始
 され、'16年には老朽化のため阪急での運用は終了となり、4両
 1本のみ譲渡されていた能勢電鉄に於いても'21年春をもって
 廃車となった。
 上記にはモニタルーフが懐かしい'70年代の記録を紹介する。