京阪電鉄本線・71年
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![]() '71-5-26 八幡町~淀間 1900系 1925 他6連 |
京阪電鉄が各種輸送力増強対策に追われていた'71年当時 を紹介する。前年には天満橋~蒲生(信)間の複々線化が 完成し、大阪方の狭隘区間は解消されたが、複々線区間の 終点は未だ地上駅だった守口(現守口市)であった。 昇圧前の600V給電であったため、車両の増結もままならず、 そこでラッシュ時乗降時間を短縮させるために70年末に登場 したのが、”究極の5扉車”5000系であった。最近の関東私鉄 で見られる多扉車の先駆車であるが、各種施策が実現した 現在はその運用にも多少変化が見られる。 特急には、非冷房の1900系が正面のバンパーと鳩マークを 誇らしげに、20分ヘッドで最後の力走をしていた。明るい特急 色とテレビカーの伝統は今でも続いている。 (注:テレビカーの運行は、旧3000系の引退と共に2013年に 残念ながら終了しました。) |