西武鉄道・山口線

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'74-3-13 西武遊園地
B1形 B1

'74-3-14 西武遊園地付近
B11形 B13

'74-3-14 西武遊園地
2形 1号信玄号 (元井笠1)

'74-3-14 山口車両管理所
31形 33 (元井笠ホハ6)

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'74-3-14 西武遊園地
1号(信玄号)

'74-3-14 西武遊園地
1号(信玄号)

'74-3-14 西武遊園地付近
1号(信玄号)

'74-3-14 西武遊園地付近
1号(信玄号)



'74-3-14 西武遊園地 1号(信玄号)


'74-3-14 西武遊園地付近 1号(信玄号)
 

 西武山口線で人気を集めたSL時代を紹介する。
 山口線は、多摩湖を中心とする観光鉄道としての
 762mmナロー路線であり、ユーモラスなバッテリー
 ロコが”おとぎ電車”と称してハイキング客を運ん
 でいた。

 '72年(昭和47年)にはSL運転を開始するために、
 頸城鉄道自動車('71年廃止)から2号機関車
 (コッペル製C形タンク機)を、更に'73年には井笠
 鉄道('71年廃止)から1号機関車(コッペル製B形
 タンク機)を購入し、各々謙信号と信玄号と命名
 され、井笠鉄道より購入したダブルルーフの木造
 客車を牽いて活躍していた。
 謙信号と信玄号は交代で使用され、'77年(昭和
 52年)には台湾から輸入された5号機と交代して
 元の所有者に返還された。

 この一帯も西武球場等の出現で一大レジャー
 地域に変貌し、山口線も'84年(昭和59年)には
 休止となり、'85年(昭和60年)には近代的なゴム
 タイヤ新交通として生まれ変わった。
 私がここを訪問したのは'74年3月13日であった
 が、何とSL運転は翌日からとの案内(SLは毎年
 3月から11月までの運転だった)を見て、翌14日
 に出直した記憶がある。